| 明治28年(1895) 2日 |
盛岡高等小学校(今の盛岡市立下橋中学校)に入学する。 |
| 明治41年(1908) 5日 |
東京での文学活動をめざし、釧路をたつ。 |
| 明治39年(1906) 11日 |
渋民尋常高等小学校(今の玉山村立渋民小学校)の代用教員になる。 |
| 明治45年(1912) 13日 |
啄木死去。父−禎、妻節子、長女京子、親友若山牧水にみとられる。東京市浅草の等光寺にて葬儀を営む。 |
| 大正11年(1922) 13日 |
「やはらかに 柳あをめる・・・・」、全国初の啄木歌碑が故郷渋民(今の玉山村渋民公園)に建立される。 |
| 明治40年(1907) 19日 |
渋民尋常高等小学校に辞表を提出する。 |
| 明治31年(1898) 25日 |
盛岡尋常中学校(今の岩手県立盛岡一高)に入学する。ここで金田一京助、野村長一(胡堂)、大井蒼梧を知る。 |